大家族大家です。今回は、築後半世紀が経過した雑居ビルを売却したときに直面したこと、考えたこと、行動したことなどをお話しようと思います。
この物件は祖母が所有していましたが、管理運営は私の方で行っていました。築50年を目前にした7階建ての鉄骨鉄筋コンクリートの建物で、築年数相応の経年劣化が進んでいましたが、充分ではないにせよ定期的なメンテナンスは行なっていました。
アパート・マンション経営との違い

入居率は90%以上で推移していました。多くのテナントが長期入居していたので、入れ替えはほとんどありません。これはアパート・マンションと大きく異なる部分です。入退去が少ないということは、退去時補修費用や入居募集費用が少なく、空室期間も短いということ。浴室や収納もないので、内装工事も少なく済みます。
逆にデメリットは、住宅のような土地の固定資産税の軽減措置(1戸あたり200㎡以下なら固定資産税の課税標準1/6・都市計画税1/3)を受けられないこと。そして、入居募集が思うようにいかないとき、住居なら最悪家賃を下げれば大体決まりますが、事務所や店舗はそうはいかないことが多いのです。
事業者は家賃以外にもさまざまな費用がかかるので、家賃が多少下がったからといって入居を決めるわけではありませんし、住居ほど「必ず確保しなければいけない」ものでもありません。ネット社会が広がるにつれて小規模事業者が事務所を構える必要性は薄れており、自宅の一角を事務所にしたり、コワーキングスペースやカフェを活用する方が増えているので、地方の築古の小規模なビルの入居率は年々下がっています。
当時の雑居ビルの入居状況と急に訪れた危機

2〜7階の各階に2区画の専有部があるビルでしたが、そのうち4区画ほど借りているA社というテナントがありました。入居後しばらくして、A社から「他の区画が空いたら借り増ししたい」という要望を受けました。
その後退去するテナントが出るたびに、一般募集を出さず先にA社に話を持っていくことにしました。家賃の滞納もなく総務担当とも良いお付き合いができていたので、新規テナントを受け入れるよりありがたい話だと思っていました。A社は近隣のビルにも複数区画を借りており、空きが出ればここに集約したいとのこと。区画数が増えてきて家賃減額の話も出ましたが、5%程度だったので受け入れました。そんな経緯で、全12区画のうち8区画をA社が借りる状態になってしまいました。
大口顧客の急な移転による危機の発生
ある日、A社の総務担当から「大事な話があるので来社してほしい」と連絡がありました。訪問すると、いつもの総務担当だけでなく支社長も同席しています。少し緊張しながら伺うと——近隣に一棟貸しの賃貸物件が出たので、そこに移転したいとのことでした。
総務担当からは長期入居の意向を聞いていましたし、少し前にはA社の要望で専有部や共用部のバリューアップも行っていたので、想定外の申し出でした。ただ契約は普通賃貸借契約で、3ヵ月前予告でいつでも退去可能。A社に何の非もありません。しかしA社が退去すると、100%だった入居率が何と25%まで落ちてしまいます。すぐに入居募集に向けて動くことにしました。
事業用賃貸物件の仲介会社に空室募集を依頼する

事務所や店舗のような事業用賃貸の募集活動は、住居系とは少し異なります。特に地方では、事業用賃貸をまともに扱える不動産会社が少ない地域が多いのです。
なぜなら、事業用賃貸は住居系より物件数が少なく、仲介の手間がかかる割に手数料が少なくなりがちだから。住居系なら仲介手数料1ヵ月+AD(広告宣伝費)1ヵ月の計2ヵ月分をもらえる地域でも、事務所・店舗ではADが存在しないことがよくあります。賃料が高ければ問題ないのですが、ランドマーク的なビル以外は住居とあまり変わらない賃料のことも多いです。
さらにテナント側の内装工事では、建築基準法や消防法、役所への確認、原状回復や容認事項の契約への盛り込みなど、入居時の業務が多岐にわたります。仲介会社からすると「流通量が少ない・取り分が少ない・手間が多い」の三重苦で、本腰を入れて取り組む会社が少ないようです。
テナントの入居募集をする為に必要なこと
そんな環境の中から、事業用賃貸に力を入れている会社を3社探し出し、どう募集すべきかヒアリングしました。
最初に言われたのは、ビルのスペックを考えると社員数二桁以上の大きいテナントは借りてくれない、ということ。築50年近いので天井高は低く、直床で、ワンフロア100㎡程度。新しいビルなら天井が高く開放的で、OA床で機能的です。さらに耐震も指摘されました。建築当初の基準は満たしていますが、最新の耐震基準を満たしていない可能性があり、耐震診断には多額の費用がかかります。
各区画合計で900㎡程度あるのでまとめて借りてもらうことも考えていた私は、少し気落ちしてしまいました。ターゲットを小規模の事務所や店舗にする方向になりましたが、その場合も募集前に内装工事への初期投資が必要でした。長期・大口のA社には大幅な間取り変更を認めていたため、他のテナントが使える状態に戻す必要があったのです。契約で原状回復をきちんと決めていなかったので、A社に負担してもらえるのは工事費用の1割程度。8区画すべてを想定家賃で募集可能にするには、共用部トイレの改修も含めて2,000〜3,000万円程度の出費が見込まれました。
雑居ビルを今後どうするか戦略を考える

2,000〜3,000万円かけて回収できる見込みがあればいいのですが、不安がありました。近隣の小規模な雑居ビルを見ると、上層階の空きテナントが非常に多かったのです。1階の路面区画は高めの賃料でお店が入り、2〜3階は看板の視認性もありそこそこの入居率ですが、それより上は50%も入っていない状況。賃料も下がります。
住居系なら想定賃料や入居率を低めに設定してシミュレーションできますが、今回は確実に回収できる自信がありませんでした。当てが外れたらビル経営が回らなくなります。入居率25%からのV字回復を目指してスピーディーに動いていましたが、一回立ち止まって方向性を考えることにしました。
1.よりは2.のほうが現実的。3.は改修後の賃料を想定できたものの、築年数と改修費、クリアすべき法的な問題を考えると4.のほうがいいと判断。6.は初期投資が大きいので5.のほうがいい。所有者の祖母に思い入れもあるだろうということで、まず2.と4.のプランを検討しました。
入居募集できる状態にするには

2.については、仲介会社と工事後の想定賃料とターゲットを打ち合わせたうえで、まず工事前の状態で募集をかけてみました。直接お客様とも話しましたが、反応は良くありませんでした。初期投資は借主側にもかかります。周辺に空き物件が多いので、多少安くてもあえて築50年の物件を選ぶ必要はない、という感じでした。
「現状のまま貸す代わりにテナント側の初期投資費用の一部を負担する」という提案もしてみました。テナントは初期投資が少なく済むうえに思い通りの空間を創れるので良いと思ったのですが、今回はうまくいきませんでした。3者間の取り決め事項が多く手間が大きい、原状回復の負担区分が示しにくい、そして仲介会社は負担やリスクが過大なのに手数料が少ないので、本音ではやりたくないという印象でした。
仲介会社からすれば、手間のかからない物件を紹介したくなるのは当然です。仲介会社には、入居募集をスムーズに行うためには「商品」として成立する区画に仕上げてくださいと言われました。「商品」とは、入居後すぐに事務所や店舗として使えるレベルのこと。壁と床がこぎれいで、照明器具が設置してあり、ネット配線が区画まで来ている——そうでなければライバル物件と同じ土俵にも上がれないということでした。築古・天井が低い・梁や柱が出ている・直床・共用部トイレが古めかしい等、ただでさえマイナスポイントが多いので、まず「商品」レベルにし、そのうえで差別化も考える必要があると思いました。
賃貸マンションに建て替えるには

4.については、地元でも評判のいい施工会社に見積もりを出してもらいました。建築費は相場よりやや割安、募集しやすい間取り、将来の大規模修繕でコストアップしない工夫もあり、内容は申し分なし。別の現場も複数視察して問題ないと感じました。住居なら賃料もある程度想定でき、安定経営は可能だと思いました。
しかしシミュレーションしてみると、解体費用が大きく、利回りは想定より低くなってしまいました。全くダメではない水準ですが、大きな借り入れをするのにリスクに対してのリターンは充分ではないと感じました。
売却を検討

5.については、買主候補を想定し、一部の不動産業者に限定して情報を出すことにしました。物件スペックをおさらいすると——築50年、7階建、鉄骨鉄筋コンクリート、1階は駐車場約3台分+駐輪場、2〜7階の各階約100㎡×2区画、エレベーター有り、経年相応の劣化有り、入居率25%。
まず考えたのは買主の融資条件です。法定耐用年数はとっくに過ぎており、金融機関からは解体費用も見られます。そうすると、買主になれるのは自己資金のかなり豊富な個人か不動産業者あたり。フルローン頼みの投資家には全く合いませんし、住居系しかやってこなかった方には運営のハードルが高い。そして入居率の低さ——物件価値の最大化ができていない状態で売るということは、買い叩かれる可能性が高いということです。これは売却を躊躇する大きな要因でした。
継続、建て替え、売却の3パターンを比較する

この3パターンでとても悩みました。内装工事をして事業用賃貸を継続する場合、10年後のイメージが湧きません。何件か募集がうまくいっても、その後同等の賃料で募集できる自信がない。しかも外壁や屋上防水、エレベーター、配管、水回りの修繕は避けて通れません。建て替えはイメージしやすいものの、金利上昇リスクや人口減少による賃料下落、解体費用、いびつな土地形状による建築単価アップを考えると踏み切れません。
「もし売却価格が一定金額以上だったら、それが一番いいのではないか」という結論に達し、3案とも同じ土俵で投資分析を行い、売却すべき金額を算出しました。
売却活動に動く

その金額を元に、複数の業者に内々に打診しました。また複数の金融機関にも打診しました。「なぜ金融機関に?」と思われたかもしれませんが、金融機関は多くの顧客を抱え、資産内容や業態を把握しているので、買主候補に直接アプローチできる可能性があるのです。金融機関は仲介手数料を受け取れませんが、買主へ融資できればOKなのです。その後、ぽつぽつと内見希望者が出てきました。
内見者の反応
内見者が来るたびに私も立ち会い、建物や入居者の状況などの質問にその場で答えられるようにしました。古い物件なので答えにくい質問もありますが、正直に話すようにしました。買主側は物件取得にさまざまな不安があり、売主からのヒアリングでそれを解消していきます。変にぼかしたり脚色したりすると不安は解消されませんし、伝え方によっては告知義務違反となり、契約解消や違約金が発生するケースもあります。
一部にしか売却の話をしていなかったのに、想像以上に多くの内見がありました。全てに立ち会うのは大変だったので、同じ仲介業者の2件目からは鍵を渡してお任せすることにしました。
買付証明書が届く
その後、買付証明書があちこちから届きました。売却希望価格は出してあったのですが、大幅に下回る金額も出てきて、仲介会社さんも申し訳なさそうにしていました。さまざまな買付金額を見て思ったのは、築50年の雑居ビルの評価は難しいということです。そのまま活用するか、リノベーションするか、建て替えるか。工事費用・解体費用・想定賃料・資金調達方法・リスクの取り方で、出せる金額が変わってくるのです。
なかなか希望価格には届きませんでしたが、3ヵ月後くらいに近い金額が出てきました。買付を出したのは不動産業者のB社。他にも事業用賃貸物件を複数自社保有していて運営に慣れているとのことで、金額以外の条件でも特段問題なさそうだったので、最終的にお互い歩み寄って契約することにしました。
雑居ビルを売却後、買主業者さんがどのように運営したのか
B社は決済後、すぐにビル全体に大掛かりなバリューアップを施しました。募集区画だけでなく、共用部から外壁まで見違えるようになりました。改修後は少しずつ区画が埋まり、1年半ほどで満室になりました。私にはできませんでしたが、B社には入居テナントが想定でき、きちんと改修すればしばらく運営に耐える建物だと判断できたのでしょう。その判断が本当に正しいかは時間が経たないとわかりませんが、満室にしたのは確かです。B社の力を実感しました。
全体を通しての反省点

一本足打法には気を付ける
全12区画のうち8区画をA社に貸したことで、退去時に入居率が一気に25%になってしまいました。1〜2区画くらいなら、賃料減額交渉や設備負担の要求があっても適正水準で交渉できますし、退去しても工事費用は多額にならず、落ち着いて募集できます。しかし大口テナント化したことで、退去と同時に収入が急落。不動産賃貸業は変動費が少なくほとんどが固定費なので、入居率25%では借り入れがなくてもほとんど赤字。いきなり経営危機になってしまったのです。
近年、大手サブリース会社の一括借上が問題になっています(貸主の経営状況を無視した家賃減額交渉・契約解除・割高な修繕工事の強要)。これもサブリース会社との力関係で貸主が圧倒的に弱くなったために起きた問題で、構図は同じです。
所有物件の実力を定期的に確認する
A社が退去する可能性は充分考えられたのに、「総務担当とのやりとりからも退去は当面ないだろう」というのは思い込みにすぎませんでした。退去した場合の後継テナントや入居条件を想定し、必要な修繕工事を見積もっていたら、慌てなかったかもしれません。工事費用を負担できないとわかっていれば、満室のうちに売却するという方法もあったはずです。満室なら買主も有利な条件で融資を受けられ、売却価格もより高くなったでしょう。
物件を所有している方は、年に1回くらいは次の3点を確認しましょう。①物件価格(売却想定価格)、②賃料(入居中テナントではなく、募集をかけた場合の賃料)、③必要な工事費用(テナント入居中などの理由で先延ばしになっているだけの工事)。これらを把握できていれば、大口テナントの退去のような急激な変化に直面しても、合理的な判断を下せるはずです。
長い文章になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんの賃貸経営に何かしらお役に立てたら幸いです。
